沿革
立正大学体育会剣道部は明治37年(1904年)日蓮宗大学林設置と共に発足し、100年を超える古い歴史と伝統をもっている。
第二次世界大戦敗戦に伴い禁止されていた剣道も昭和27年サンフランシスコ講和条約による主権回復に伴い復活され、我部もこのような流れを受け昭和33年(1958年)再発足し平成20年には再発足後50周年を迎えようとしておりこれまでに400名を超えるOB・OGが各方面で活躍している。
現在8学部要する総合大学に発展した立正大学の中で約30名の現役部員が「稽古は厳しく人間関係は柔らかく」というモットーのもとに熊谷道場・大崎道場でお互い切磋琢磨しながら稽古に励んでいる。スポーツ推薦・セレクション等なし、そして熊谷・大崎に分かれての稽古と大きなハンデキャップがある中、各大会での優勝や上位入賞ももちろん目標に置いての稽古ではあるが、その稽古に対する真摯な態度、プロセスの重要さも常に考えて稽古に取り組んでいる。
出場する大会は関東大会(選手権大会・・男女個人)(優勝大会・・男女団体)(新人戦・男女団体)全日本仏教系大学大会(男女個人、団体)埼玉大学大会(新人戦・・男女個人、団体)(優勝大会・・男女個人、団体)その他東京学連剣友会大会、オープン大会等に出場し、仏教系大会・埼玉大会においては団体個人ともそれぞれ複数回の優勝、関東大会においては団体全日本学生剣道優勝大会出場権獲得7回、全日本学生剣道選手権出場権獲得5名、新人戦ベスト8入賞1回の戦跡を残しているが、これらを上回る戦績を現役、また今後入部してくる新入部員共々精進し、そして立正大学に関わる全ての方々に伝えることが出来るよう、これまで以上に活性化し新しい伝統を作るべく考動することが大きな目標でもある。
我等が汗し、涙する道場に揚々と掲げられている部旗には「不生不滅」の四文字が刻まれている。これは立正大学文学部名誉教授で元剣道部部長の故江川義忠先生が「ふしょうふめつ」と読み般若心経における諸法や古代ギリシャの原子論における原子は「永遠」という意味でそういわれているがこの部旗には一刀流の極意として刻まれたものである。
先生は「太刀を使う人の心には起こる所と尽きるところがあるから太刀技にも発する所と収まる所が出てくる。この始まる所を太刀生といい終わる所を太刀滅といい、我が太刀技の生まれる所は我が命の始まる所であり、我が太刀技滅びる所は我が命の終わる所である」と言われるが剣道においてはこの太刀滅があってはならない。形の上では「技の尽きる所」「居つく所」や「残心がない」等は全て太刀滅であると言われ、これに対して応じ技(受け、すり上げ、抜く)等は不生不滅の精神であり、受け止め、すり上げ、抜いた瞬間(滅)が即攻撃の始点(生)をなすからしてそこには生も無ければ滅もない。むしろ生・滅は統一されていると言われている。そしてこの極意は実技(形)の上で考えるより以上に精神的な教えと理解することがより正しいものと思われると述べられている。精神的な理解。そして精神的に成長することができれば剣道の技術も向上する。
我が立正大学体育会剣道部はこのような教えの基に文武両道を目指し、それぞれが単なる部員という仲間でなく同志として日々切磋琢磨し、社会へ出てから「大きなコテ・メン・ドウ」をしっかり打てるよう「全員剣道」で頑張っています。
そして、いつの日か現役、OB・OG、全ての立正大学関係者と肩を組み勝利の校歌・学園歌・五反田節を歌うことを夢とし闘い続けています。
1904年(明治37年)日蓮宗大学林設置と同時に剣道部発足
1925年(大正14年)第1回東京学生剣道連合会発足記念大会出場
1945年(昭和20年)GHQ武道禁止策
1958年(昭和33年)剣道部再発足
1958年(昭和33年)吉野教授・部長就任
1959年(昭和34年)江川 義忠文学部教授・部長就任
1959年(昭和34年)全日本仏教系大学剣道大会団体優勝
1962年(昭和37年)荒木 忠春先生・監督就任
1962年(昭和37年)菊地 武・全日本学生剣道選手権大会出場
1969年(昭和44年)荒木 忠春先生・師範就任
1969年(昭和44年)大森 宣昌先生・監督就任
1969年(昭和44年)全日本仏教系大学剣道大会「志田 恒紀」個人優勝
1971年(昭和46年)関東学生剣道新人大会ベスト8
1971年(昭和46年)木内 珠貴・関東学生新人大会優秀選手賞受賞
1971年(昭和46年)全日本学生剣道優勝大会出場
1975年(昭和50年)全日本学生剣道優勝大会出場
1975年(昭和50年)鈴木 洋子・全日本女子学生剣道選手権大会出場
1976年(昭和51年)佐藤 久美子・全日本女子学生剣道選手権大会出場
1981年(昭和56年)全日本学生剣道優勝大会出場
1982年(昭和57年)学生会館内に剣道場移転
1983年(昭和58年)全日本仏教系大学女子剣道大会「西山 朋子」個人優勝
1984年(昭和59年)全日本仏教系大学剣道大会団体優勝
1985年(昭和60年)大森 宣昌教養部教授・部長就任
1985年(昭和60年)OB山田 好春(昭和40年卒)・師範就任
1985年(昭和60年)OB豊田 照貞(昭和50年卒)・監督就任
1991年(平成03年)全日本仏教系大学剣道大会団体優勝
1992年(平成04年)全日本学生剣道優勝大会出場
1994年(平成06年)本多 俊之・全日本学生剣道選手権大会出場
1998年(平成10年)高橋 堯英仏教学部教授・部長就任
1998年(平成10年)全日本学生剣道優勝大会出場
1999年(平成11年)全日本学生剣道優勝大会出場
2000年(平成12年)全日本学生剣道優勝大会出場
2001年(平成13年)佐藤 利行・全日本学生剣道選手権大会出場
2002年(平成14年)横川 雄一・全日本学生剣道選手権大会出場
2004年(平成16年)坂上 豪洋先生(熊谷経理課)・副部長就任
2006年(平成18年)学生会館移転に伴い道場移設
2007年(平成19年)創部戦後50周年記念準備委員会発足
2008年(平成20年)創部戦後50周年記念式典
